妄想/連想/暴走――激走する脳内モルヒネの意想。 変態ハードボイルド小説作家の有相無相――
酒井しのぶの作品紹介
【ファッキン・シスターズ・クライスト】
酒好きで女好きで自堕落で格好つけの片桐有二は、二十五年まえに体験したレイプ事件のトラウマに悩まされる、ハードボイルドを気取った私立探偵。ある依頼がもとで、変態性癖が巻き起こす事件に首を突っ込むことになってしまう。高飛車で自分勝手なふしだら女の酒井しのぶと共に、事件の真相を探りだすのだが……推理あり、シリアスありの、本格ハードボイルド長編小説。
【あいつとの電話】
ツンデレコンビのしのぶと有二。小説のなかだけじゃなく、普段の会話も超ツンデレ&超下品でちょっぴりエッチ!
酒井しのぶの小説に登場する二人が織り成す、会話のみの超ショートショート作品集です。一話読みきりなので、お気軽に読んでいただければと思います。
【Shinobu to Yuji 短編集】
長編ファッキン・シスターズ・クライストの外伝的一話読みきり短編作品集。笑い、切ない過去、素直じゃない愛情、そしてお決まりのエッチな会話。しのぶと有二のツンデレコンビは、殺人事件がなくても面白い。
(注: すべての作品がR15指定です。作品の性格上、性描写、暴力描写、差別的発言などが各所に出てきます。不快に思う人は読まないでください)
酒好きで女好きで自堕落で格好つけの片桐有二は、二十五年まえに体験したレイプ事件のトラウマに悩まされる、ハードボイルドを気取った私立探偵。ある依頼がもとで、変態性癖が巻き起こす事件に首を突っ込むことになってしまう。高飛車で自分勝手なふしだら女の酒井しのぶと共に、事件の真相を探りだすのだが……推理あり、シリアスありの、本格ハードボイルド長編小説。
【あいつとの電話】
ツンデレコンビのしのぶと有二。小説のなかだけじゃなく、普段の会話も超ツンデレ&超下品でちょっぴりエッチ!
酒井しのぶの小説に登場する二人が織り成す、会話のみの超ショートショート作品集です。一話読みきりなので、お気軽に読んでいただければと思います。
【Shinobu to Yuji 短編集】
長編ファッキン・シスターズ・クライストの外伝的一話読みきり短編作品集。笑い、切ない過去、素直じゃない愛情、そしてお決まりのエッチな会話。しのぶと有二のツンデレコンビは、殺人事件がなくても面白い。
(注: すべての作品がR15指定です。作品の性格上、性描写、暴力描写、差別的発言などが各所に出てきます。不快に思う人は読まないでください)
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【ボチボチと書き始めています】
いろいろあり、忙しい毎日を過ごしています。
書きたい衝動は日に日に増してくるのですが、なかなか時間が作れず、昔のようにすべてを犠牲にして書く勇気もなく、いまは我慢の時期かなと思う今日この頃。
それでも、書かずにはいられないときもあるので、短いエピソード的なものをチマチマと書いたりしています。
皆様のところへ訪問する時間はまだなかなか作れませんが、毎日少しづつですが、勉強し精進しているところですので、いましばらくお待ちくださいませ。
【ご連絡】
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こんばんは、酒井しのぶでございます。
この記事は前回までの続きとなっております。
前回までの記事はこちらからどうぞ。
人生を変えた男 出会い
人生を変えた男 激動
この記事はたぶんフィクションです。(たぶんってなんだ……。笑)
世間はもう夏休みになっていた。あたしは学校を辞めたのかどうか、自分でもさっぱりわからなかったけれど、夏休みになってもバイトは続けていた。
叔父と一緒に楽器屋さんに行って、念願のギターを買った。叔父は楽器屋さんのお兄さんにあれやこれやと交渉をしてくれて、サービスでつけてくれるストラップとシールド、それにチューナーのグレードが良くなった。そのほかにエフェクターだのミニアンプだのといった機材関連を、叔父がぜんぶ買ってくれた。
叔父の家は市営住宅だったから、大きな音は出せなかったけど、叔父の自慢の重低音ヘッドフォンでエレキギターはライブのときのような音を鳴らした。
あたしはついに、自分のための武器を手に入れた。
ある日、パパとママが叔父の家に来た。あたしにそろそろ帰ってこいという話をしに。
神妙な顔で登場したパパとママだったけど、叔父が晩酌にパパを付き合わせてパパはあっという間に上機嫌になった。叔父とパパが居間で楽しく飲んでいる間に、あたしとママはダイニングのキッチンテーブルに移動した。
あたしに向かい合うように座ったママは、あたしの今後についてあれこれ聞いてきた。いや、あたしの意見を聞いたんじゃなくって、自分の意見を言いそれに従うかどうかを聞いたのだった。
二学期から学校へ行きなさいってこと。バイトはこの際だから認めてあげるけど、学校を優先しなさいってこと。暴走族あがりで中卒で工事現場で働いているような男とは別れなさいってこと――
入学してすぐ、二ヶ月も学校に行かず夏休みになったあたしが、二学期からどんな顔で学校に行けばいいのかなんて考えていないママの言葉は、あたしの心を揺さぶらなかった。
それに、自分だって高校のときに板金屋だったパパに恋をして、収入もたいしたことなく、生活も安定しないままに結婚して、パパはいまだに酔っ払えば外でケンカして帰ってくるような男だっていうのに、暴走族あがりでブルーカラーだからって理由だけで、別れなさいなどと言ってしまえることでも、あたしの心は揺れなかった。
でもあたしがもし、なにか言い返せば、ママがなにを言うのかはわかっていた。『あなたのことを思って言っているのよ』と、『いつまでも叔父さんに迷惑はかけられないのよ』だ。
ママが思っているのは、あたしのことじゃないってのはわかっていた。そりゃまったく思ってないなんてことはないだろうけど、ママにとって重要なのがあたし自身のことじゃなく、自分自身への体裁や嫉妬や怒りだってのはわかっていた。
ママは叔父と叔母があまり好きじゃなかった。
あたしは赤ん坊の頃、叔父の家で育ったようなもんだった。ママはあたしを産んだあとすぐにまた妊娠して、妹を産んでいる。だから、妹を妊娠している間、体調が思わしくないときなどは、あたしは叔父の家に預けられていた。妹の出産前後は二週間ほど叔父の家に預けられたらしい。それっきりあたしは叔父に愛され、妹が産まれママが家に戻ってきたあとも、叔父は毎日のように会社帰りにうちへ寄り、あたしを連れて家に帰るようになった。叔父の家に泊まった翌日は、叔母とそれにおばあちゃんも一緒にデパートに行ったり公園に行ったりして夕方に家に帰り、そしてまた叔父があたしを迎えに来る、そんな毎日だった。
幼稚園になってもそれは変わらず、昼間におばあちゃんたちとお出かけすることがなくなっただけで、ほとんど毎日叔父が迎えにきていた。
そして、おばあちゃんも叔母も、それに叔父も、あたしにはなんでも買ってくれた。洋服もおもちゃもお菓子も、なんでも。
あたしが家に帰ると、ママはいつもとっても機嫌が悪かった。あたしがおもちゃや洋服をたくさん持って帰ってくるのが気に食わなかったのだ。ママはいつも、妹にはなにもないのかと言い、あなただけいつも良くしてもらってずるいわねと、女のヒガミ丸出しな顔で言っていた。ママは、叔父たちがあたしを自分から奪って、自分が金銭的な理由であたしや妹にしてあげられないことを叔父たちがしていて、そしてあたしが叔父たちにとってもなついていることが気に入らなかったのだ。
あたしはそんなママの気持ちを子どもながらに良くわかっていたし、ママの心の痛みはものすごく伝わってきていたけど、だけどあたしはママを好きになれなかった。
ママが叔父たちに会うときは、家のなかであたしに対して見せるヒガミ丸出しの嫌な顔や嫌味たっぷりの口調は微塵も出さずに、ニコニコと心にもないお世辞を言い、叔父たちを喜ばせていた。そんなんだから叔父はまたあたしを迎えに来るんだって、あたしにはわかっていたけど、ママがわかっていたのかはわからない。
だいたいにして、計画的だったのか若さゆえの無計画だったのかは知らないけれど、自分たちが立て続けに子どもを作り、あたしを叔父に預けたのがそもそものはじまりなわけだから、逆恨みもいいところだ。
叔父に子どもができてから、叔母があたしの世話ばかりしていられなくなったこともあり、泊まりに行くことは減ったけれど、それでも叔父はあたしを愛してくれた。自分の息子はそっちのけで、休みの日にはあたしを連れて遊びに行ってくれたし、あたしも従姉弟ができたことで、叔父の家に行くのが今まで以上に楽しくなった。
男女の差というのがあるのかもしれないけど、それを差し引いても叔父はあからさまに息子よりもあたしを可愛がっていた。叔母はいまでも当時の思い出話になると『あの頃はあんたが憎かったわ』と言う。叔父が自分の息子よりもあたしを可愛がっていたから。だけどそれでも、叔母もあたしを自分の子のように愛してくれた。怒るときは従姉弟と一緒に並ばされて怒られたし、従姉弟のために泣くようにあたしのためにも泣いてくれた。
ママは叔母のまえで、あたしにダメ押しを言った。『叔母さんだって、あなたの世話をするのは大変なのよ』って。
叔母は『そんなことぜんぜんないし、逆に家のことも手伝ってくれるし助かっているくらいよ』って言ってくれたけど、ママがそれを言っちゃったら、あたしは叔母に気を使わないわけにいかなくなる。ママはそれをわかって言っている。それがとっても腹立たしくって、悔しくてしかたなくって、あたしはうつむいたままパジャマの裾を握りしめた。握りしめた拳がしらっちゃけているのをじっと見つめたまま、家に帰らないわけにはいかないかって思ったら、涙が出てきた。
いまのいままで、パパと一緒にバカ笑いしていた叔父があたしのところに来てくれた。フラフラの千鳥足なほどに酔っ払っているのに、叔父はパパの相手をしながらあたしを見ていてくれたのだ。
叔父はあたしの後ろに立った。あたしの髪を撫でる叔父の体からはウイスキーの匂いがプンプンしていた。叔父はあたしの肩をポンと叩いてからママを見た。あたしの肩に置かれた叔父の手に力が入るのがわかり、息を深く吸い込む音が聞こえた。
ウイスキーの匂いが漂い、叔父はママに向かってこう言った。
「しのぶはいい子だ。悪いことなんかなにもしていない。連れて帰りたいなら、もう二度とこの子を泣かせるな」
その言葉はあれから二十年も経ったいまでも忘れない。叔母もまたその言葉を忘れていなくって、いまでもあたしにこう言う。『あんなこと、自分の息子にも言ったことがないわ』って。
あたしは家に帰った。
ママもパパもあたしの行動には不満があったろうけど、とりあえずはなにも言わずに、今後どうするかよりもこれまでのような家族に戻ることに専念していたのだと思う。学校のことも彼のこともなにも言わなくなり、家族で出かける時間を作ったり、食卓での会話も楽しくしようとしたりしていた。それがとてもわざとらしくて、ぎこちなかったのが馴染めきれなかったあたしだけど、ママもパパも、あたしとのことをどうにかしようとしている気持ちはわかっていたから、あたしも自分の行動を少しは改めていた。
彼とはこれまでと変わらず週に一度だけ会っていた。彼の家に泊まる回数も変わず、叔父の家にいた時と同じ月に一度の土曜の夜だけにしていた。それ以外で、友達と遅くまで遊んだりしたとしても、家にはちゃんと帰っていた。
月に何度かは叔父のところへ行き、一緒に音楽を聞いたり、買い物に行ったりした。飲んだくれの叔父がお酒を飲んでしまうまえにと、日曜の朝早くに押しかけて、ドライブに連れて行ってもらったりもした。叔父がお酒を我慢できなくなると帰ることになるから、そのドライブは大抵の場合、午前中でおしまいだった。そんなときは叔父の家で一緒に音楽を聴き、叔父が晩酌しながらああだこうだと流れる音楽の批評をしているのを聞いていた。うちに持って帰らなかったパジャマと下着と、それにお洋服のおかげで、そのまま叔父のところに泊まってしまうこともよくあった。だって、叔父があたしを帰したがらなかったし、あたしも叔父が酔っ払って寝てしまうまでずっと隣にいて、酔っぱらいの戯言みたいな音楽への批評を聞いているのがとっても楽しかったから。
あの日の夜はいつもとなにかが違っていた。
外泊は彼の家に泊まるときだけって決めていたのに、あの日は彼とだけじゃなく友達みんなで騒いでいたせいで、楽しくってぜんぜん帰る気になれなかった。
あたしたちはファミレスでコーヒーをおかわりしまくったあげくに、その店に入ってから何時間も経っているのに、今更ながらに未成年が喫煙したことを指摘され、店を追い出された。コンビニのゴミ箱の前に座り込んでアイスを食べているときに、友達の一人が害虫退治用の紫色の電灯にナメクジを放り投げて遊んでいたら、お店の人に怒られて移動するはめになった。競馬場のダートトラックのなかの公園に向かいながら、道々で知らない人の家のチャイムを鳴らしては走って逃げたりしていた。そんなバカみたいな時間がとっても楽しかった。
駅前から離れるにつれ、まわりはどんどん静かになっていき、あたしたちも自然と静かになっていった。月は見えず、曇り空だったんだろうけど、曇っているのかどうかもわからないほどに真っ暗な空だった。空気はとっても重くって体にべったりまとわりついていた。公園に入ると灯りはまったくなく、空の暗さはさらに増した。真っ暗で二メートルも離れると友達の顔すらわからなくなるほどのなか、持ってきていたラジカセで音楽を流し、みんなでかくれんぼをはじめた。
あたしと彼は、公園の中央にある真っ白で大きな遊具に登り、その遊具の頂上にある小さな小部屋みたいなところに隠れた。天井はなかったけど前後左右に壁があったから友達たちの声も、ラジカセから流れる音楽も、空から聞こえるような感覚でとても不思議だった。
時間は真夜中をとっくに過ぎていた。
あたしは自分で作った外泊のルールを破るべきか守るべきか、欲望と罪悪感に挟まれて悩んでいた。次の日が仕事の彼を付き合わせていることにも申し訳なさがあった。だけどそれでもぜんぜん帰る気になれなかった。なにがしたいわけじゃなく、なにもせずにここにいたかった。一人じゃなく、彼と一緒に。
友達がみんな帰ったあとも、ずっと二人でここにいた。自分で作ったルールを破るのはとっても怖かった。またママとパパが怒りだしたらどうしようかとか、また家に閉じ込められてしまうかもしれないとか、そんな恐怖があたしを襲っていた。
だけどそれでも、帰りたくなかった。夏の空は真っ暗で、まったく音のしないだだっぴろい競馬場の真ん中にある公園の、さらに真ん中の頂上にいたあたしと彼。誰にも見られることのない二人だけの場所が、二人だけの時間を刻んでいた。
彼の荒い息はずっと耳元で聞こえていた。彼の手はあたしの胸や腰をまさぐっていた。あたしも彼の体の中心に手を伸ばして、彼がビクっと体を震わすのに興奮していた。彼があたしの体にピッタリとくっついてきたとき、あたしは目を閉じているのか開いているのかもわからぬほどに、真っ暗な空を見ていた。誰もいないし、誰にも聞かれないのに、あたしは自分の口から自然に漏れてしまう声を押し殺して彼の体にしがみついていた。
その空の向こうで、あたしの人生を変えた男を乗せたヘリコプターが墜落しているなんて、夢にも思っていなかった――
つづく
本日も長々とお付き合いありがとうございました。
今日は愛するスティーヴィー・レイ・ヴォーンのちょっと変わったプレイを観てみましょう。
兄のジミー・ヴォーンとの共演で、ダブルネックのギターを二人で一緒に弾くという変態技です。
曲はベンチャーズのパイプラインです。
これはあれですね。できるかできないかの問題じゃなく、こんな変態プレイをやろうという発想に感服しますね。
兄弟だからこその息のあったプレイだとも言えますし、本当に素晴らしい。
スティーヴィー・レイは、兄のジミーを尊敬していました。ジミーの影響でギタリストになったわけですし、スティーヴィー・レイが唯一超えられないと感じたのが、ジミーだったのかもしれません。
それくらいにジミーのプレイを認めていたスティーヴィー・レイ。生前から兄弟でのプレイは数多くあり、死後にもヴォーン・ブラザーズ名義のアルバムは発売されています。
ちなみに、ジミーのプレイは、スティーヴィー・レイとは真逆で、音を出さない、つまり無音の部分が多いフレーズを多用する、生粋の純正ブルース使いです。
それではまた、酒井しのぶでございました。
この記事は前回までの続きとなっております。
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人生を変えた男 出会い
人生を変えた男 激動
この記事はたぶんフィクションです。(たぶんってなんだ……。笑)
世間はもう夏休みになっていた。あたしは学校を辞めたのかどうか、自分でもさっぱりわからなかったけれど、夏休みになってもバイトは続けていた。
叔父と一緒に楽器屋さんに行って、念願のギターを買った。叔父は楽器屋さんのお兄さんにあれやこれやと交渉をしてくれて、サービスでつけてくれるストラップとシールド、それにチューナーのグレードが良くなった。そのほかにエフェクターだのミニアンプだのといった機材関連を、叔父がぜんぶ買ってくれた。
叔父の家は市営住宅だったから、大きな音は出せなかったけど、叔父の自慢の重低音ヘッドフォンでエレキギターはライブのときのような音を鳴らした。
あたしはついに、自分のための武器を手に入れた。
ある日、パパとママが叔父の家に来た。あたしにそろそろ帰ってこいという話をしに。
神妙な顔で登場したパパとママだったけど、叔父が晩酌にパパを付き合わせてパパはあっという間に上機嫌になった。叔父とパパが居間で楽しく飲んでいる間に、あたしとママはダイニングのキッチンテーブルに移動した。
あたしに向かい合うように座ったママは、あたしの今後についてあれこれ聞いてきた。いや、あたしの意見を聞いたんじゃなくって、自分の意見を言いそれに従うかどうかを聞いたのだった。
二学期から学校へ行きなさいってこと。バイトはこの際だから認めてあげるけど、学校を優先しなさいってこと。暴走族あがりで中卒で工事現場で働いているような男とは別れなさいってこと――
入学してすぐ、二ヶ月も学校に行かず夏休みになったあたしが、二学期からどんな顔で学校に行けばいいのかなんて考えていないママの言葉は、あたしの心を揺さぶらなかった。
それに、自分だって高校のときに板金屋だったパパに恋をして、収入もたいしたことなく、生活も安定しないままに結婚して、パパはいまだに酔っ払えば外でケンカして帰ってくるような男だっていうのに、暴走族あがりでブルーカラーだからって理由だけで、別れなさいなどと言ってしまえることでも、あたしの心は揺れなかった。
でもあたしがもし、なにか言い返せば、ママがなにを言うのかはわかっていた。『あなたのことを思って言っているのよ』と、『いつまでも叔父さんに迷惑はかけられないのよ』だ。
ママが思っているのは、あたしのことじゃないってのはわかっていた。そりゃまったく思ってないなんてことはないだろうけど、ママにとって重要なのがあたし自身のことじゃなく、自分自身への体裁や嫉妬や怒りだってのはわかっていた。
ママは叔父と叔母があまり好きじゃなかった。
あたしは赤ん坊の頃、叔父の家で育ったようなもんだった。ママはあたしを産んだあとすぐにまた妊娠して、妹を産んでいる。だから、妹を妊娠している間、体調が思わしくないときなどは、あたしは叔父の家に預けられていた。妹の出産前後は二週間ほど叔父の家に預けられたらしい。それっきりあたしは叔父に愛され、妹が産まれママが家に戻ってきたあとも、叔父は毎日のように会社帰りにうちへ寄り、あたしを連れて家に帰るようになった。叔父の家に泊まった翌日は、叔母とそれにおばあちゃんも一緒にデパートに行ったり公園に行ったりして夕方に家に帰り、そしてまた叔父があたしを迎えに来る、そんな毎日だった。
幼稚園になってもそれは変わらず、昼間におばあちゃんたちとお出かけすることがなくなっただけで、ほとんど毎日叔父が迎えにきていた。
そして、おばあちゃんも叔母も、それに叔父も、あたしにはなんでも買ってくれた。洋服もおもちゃもお菓子も、なんでも。
あたしが家に帰ると、ママはいつもとっても機嫌が悪かった。あたしがおもちゃや洋服をたくさん持って帰ってくるのが気に食わなかったのだ。ママはいつも、妹にはなにもないのかと言い、あなただけいつも良くしてもらってずるいわねと、女のヒガミ丸出しな顔で言っていた。ママは、叔父たちがあたしを自分から奪って、自分が金銭的な理由であたしや妹にしてあげられないことを叔父たちがしていて、そしてあたしが叔父たちにとってもなついていることが気に入らなかったのだ。
あたしはそんなママの気持ちを子どもながらに良くわかっていたし、ママの心の痛みはものすごく伝わってきていたけど、だけどあたしはママを好きになれなかった。
ママが叔父たちに会うときは、家のなかであたしに対して見せるヒガミ丸出しの嫌な顔や嫌味たっぷりの口調は微塵も出さずに、ニコニコと心にもないお世辞を言い、叔父たちを喜ばせていた。そんなんだから叔父はまたあたしを迎えに来るんだって、あたしにはわかっていたけど、ママがわかっていたのかはわからない。
だいたいにして、計画的だったのか若さゆえの無計画だったのかは知らないけれど、自分たちが立て続けに子どもを作り、あたしを叔父に預けたのがそもそものはじまりなわけだから、逆恨みもいいところだ。
叔父に子どもができてから、叔母があたしの世話ばかりしていられなくなったこともあり、泊まりに行くことは減ったけれど、それでも叔父はあたしを愛してくれた。自分の息子はそっちのけで、休みの日にはあたしを連れて遊びに行ってくれたし、あたしも従姉弟ができたことで、叔父の家に行くのが今まで以上に楽しくなった。
男女の差というのがあるのかもしれないけど、それを差し引いても叔父はあからさまに息子よりもあたしを可愛がっていた。叔母はいまでも当時の思い出話になると『あの頃はあんたが憎かったわ』と言う。叔父が自分の息子よりもあたしを可愛がっていたから。だけどそれでも、叔母もあたしを自分の子のように愛してくれた。怒るときは従姉弟と一緒に並ばされて怒られたし、従姉弟のために泣くようにあたしのためにも泣いてくれた。
ママは叔母のまえで、あたしにダメ押しを言った。『叔母さんだって、あなたの世話をするのは大変なのよ』って。
叔母は『そんなことぜんぜんないし、逆に家のことも手伝ってくれるし助かっているくらいよ』って言ってくれたけど、ママがそれを言っちゃったら、あたしは叔母に気を使わないわけにいかなくなる。ママはそれをわかって言っている。それがとっても腹立たしくって、悔しくてしかたなくって、あたしはうつむいたままパジャマの裾を握りしめた。握りしめた拳がしらっちゃけているのをじっと見つめたまま、家に帰らないわけにはいかないかって思ったら、涙が出てきた。
いまのいままで、パパと一緒にバカ笑いしていた叔父があたしのところに来てくれた。フラフラの千鳥足なほどに酔っ払っているのに、叔父はパパの相手をしながらあたしを見ていてくれたのだ。
叔父はあたしの後ろに立った。あたしの髪を撫でる叔父の体からはウイスキーの匂いがプンプンしていた。叔父はあたしの肩をポンと叩いてからママを見た。あたしの肩に置かれた叔父の手に力が入るのがわかり、息を深く吸い込む音が聞こえた。
ウイスキーの匂いが漂い、叔父はママに向かってこう言った。
「しのぶはいい子だ。悪いことなんかなにもしていない。連れて帰りたいなら、もう二度とこの子を泣かせるな」
その言葉はあれから二十年も経ったいまでも忘れない。叔母もまたその言葉を忘れていなくって、いまでもあたしにこう言う。『あんなこと、自分の息子にも言ったことがないわ』って。
あたしは家に帰った。
ママもパパもあたしの行動には不満があったろうけど、とりあえずはなにも言わずに、今後どうするかよりもこれまでのような家族に戻ることに専念していたのだと思う。学校のことも彼のこともなにも言わなくなり、家族で出かける時間を作ったり、食卓での会話も楽しくしようとしたりしていた。それがとてもわざとらしくて、ぎこちなかったのが馴染めきれなかったあたしだけど、ママもパパも、あたしとのことをどうにかしようとしている気持ちはわかっていたから、あたしも自分の行動を少しは改めていた。
彼とはこれまでと変わらず週に一度だけ会っていた。彼の家に泊まる回数も変わず、叔父の家にいた時と同じ月に一度の土曜の夜だけにしていた。それ以外で、友達と遅くまで遊んだりしたとしても、家にはちゃんと帰っていた。
月に何度かは叔父のところへ行き、一緒に音楽を聞いたり、買い物に行ったりした。飲んだくれの叔父がお酒を飲んでしまうまえにと、日曜の朝早くに押しかけて、ドライブに連れて行ってもらったりもした。叔父がお酒を我慢できなくなると帰ることになるから、そのドライブは大抵の場合、午前中でおしまいだった。そんなときは叔父の家で一緒に音楽を聴き、叔父が晩酌しながらああだこうだと流れる音楽の批評をしているのを聞いていた。うちに持って帰らなかったパジャマと下着と、それにお洋服のおかげで、そのまま叔父のところに泊まってしまうこともよくあった。だって、叔父があたしを帰したがらなかったし、あたしも叔父が酔っ払って寝てしまうまでずっと隣にいて、酔っぱらいの戯言みたいな音楽への批評を聞いているのがとっても楽しかったから。
あの日の夜はいつもとなにかが違っていた。
外泊は彼の家に泊まるときだけって決めていたのに、あの日は彼とだけじゃなく友達みんなで騒いでいたせいで、楽しくってぜんぜん帰る気になれなかった。
あたしたちはファミレスでコーヒーをおかわりしまくったあげくに、その店に入ってから何時間も経っているのに、今更ながらに未成年が喫煙したことを指摘され、店を追い出された。コンビニのゴミ箱の前に座り込んでアイスを食べているときに、友達の一人が害虫退治用の紫色の電灯にナメクジを放り投げて遊んでいたら、お店の人に怒られて移動するはめになった。競馬場のダートトラックのなかの公園に向かいながら、道々で知らない人の家のチャイムを鳴らしては走って逃げたりしていた。そんなバカみたいな時間がとっても楽しかった。
駅前から離れるにつれ、まわりはどんどん静かになっていき、あたしたちも自然と静かになっていった。月は見えず、曇り空だったんだろうけど、曇っているのかどうかもわからないほどに真っ暗な空だった。空気はとっても重くって体にべったりまとわりついていた。公園に入ると灯りはまったくなく、空の暗さはさらに増した。真っ暗で二メートルも離れると友達の顔すらわからなくなるほどのなか、持ってきていたラジカセで音楽を流し、みんなでかくれんぼをはじめた。
あたしと彼は、公園の中央にある真っ白で大きな遊具に登り、その遊具の頂上にある小さな小部屋みたいなところに隠れた。天井はなかったけど前後左右に壁があったから友達たちの声も、ラジカセから流れる音楽も、空から聞こえるような感覚でとても不思議だった。
時間は真夜中をとっくに過ぎていた。
あたしは自分で作った外泊のルールを破るべきか守るべきか、欲望と罪悪感に挟まれて悩んでいた。次の日が仕事の彼を付き合わせていることにも申し訳なさがあった。だけどそれでもぜんぜん帰る気になれなかった。なにがしたいわけじゃなく、なにもせずにここにいたかった。一人じゃなく、彼と一緒に。
友達がみんな帰ったあとも、ずっと二人でここにいた。自分で作ったルールを破るのはとっても怖かった。またママとパパが怒りだしたらどうしようかとか、また家に閉じ込められてしまうかもしれないとか、そんな恐怖があたしを襲っていた。
だけどそれでも、帰りたくなかった。夏の空は真っ暗で、まったく音のしないだだっぴろい競馬場の真ん中にある公園の、さらに真ん中の頂上にいたあたしと彼。誰にも見られることのない二人だけの場所が、二人だけの時間を刻んでいた。
彼の荒い息はずっと耳元で聞こえていた。彼の手はあたしの胸や腰をまさぐっていた。あたしも彼の体の中心に手を伸ばして、彼がビクっと体を震わすのに興奮していた。彼があたしの体にピッタリとくっついてきたとき、あたしは目を閉じているのか開いているのかもわからぬほどに、真っ暗な空を見ていた。誰もいないし、誰にも聞かれないのに、あたしは自分の口から自然に漏れてしまう声を押し殺して彼の体にしがみついていた。
その空の向こうで、あたしの人生を変えた男を乗せたヘリコプターが墜落しているなんて、夢にも思っていなかった――
つづく
本日も長々とお付き合いありがとうございました。
今日は愛するスティーヴィー・レイ・ヴォーンのちょっと変わったプレイを観てみましょう。
兄のジミー・ヴォーンとの共演で、ダブルネックのギターを二人で一緒に弾くという変態技です。
曲はベンチャーズのパイプラインです。
これはあれですね。できるかできないかの問題じゃなく、こんな変態プレイをやろうという発想に感服しますね。
兄弟だからこその息のあったプレイだとも言えますし、本当に素晴らしい。
スティーヴィー・レイは、兄のジミーを尊敬していました。ジミーの影響でギタリストになったわけですし、スティーヴィー・レイが唯一超えられないと感じたのが、ジミーだったのかもしれません。
それくらいにジミーのプレイを認めていたスティーヴィー・レイ。生前から兄弟でのプレイは数多くあり、死後にもヴォーン・ブラザーズ名義のアルバムは発売されています。
ちなみに、ジミーのプレイは、スティーヴィー・レイとは真逆で、音を出さない、つまり無音の部分が多いフレーズを多用する、生粋の純正ブルース使いです。
それではまた、酒井しのぶでございました。
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Comment
無題
自分も生まれた頃から姪を可愛がってましたね(笑)
結婚前やったけど、3,4歳の姪を連れて、
2人だけで温泉に行ったり、
婚約中の嫁さんと遊びに連れて行ったり(笑)
うちにも娘が生まれて、それまでみたいに接する事は少なくなったけど、
今でも姪からメールが来たりしますわ。
男親は女の子は可愛いんですよね(笑)
男の子も可愛いけど、無条件で女の子は可愛い(笑)
うちの父親は自分の従兄弟連中全員から何故か慕われてたんですわ。
よく遊びに連れて行ったり、教えたりしてたからかな。
従兄弟は総勢25人いるんやけど、
父親の葬式の時には全員来てくれましたな。
自分が最初に結婚した時は、父親は既に亡くなってたけど、
従兄弟全員がお祝いに来てくれた。
父親のお陰やと思ってるし、
自分にも甥や姪が出来ると、何となく父親の心情が分かるような気がしますな。
結婚前やったけど、3,4歳の姪を連れて、
2人だけで温泉に行ったり、
婚約中の嫁さんと遊びに連れて行ったり(笑)
うちにも娘が生まれて、それまでみたいに接する事は少なくなったけど、
今でも姪からメールが来たりしますわ。
男親は女の子は可愛いんですよね(笑)
男の子も可愛いけど、無条件で女の子は可愛い(笑)
うちの父親は自分の従兄弟連中全員から何故か慕われてたんですわ。
よく遊びに連れて行ったり、教えたりしてたからかな。
従兄弟は総勢25人いるんやけど、
父親の葬式の時には全員来てくれましたな。
自分が最初に結婚した時は、父親は既に亡くなってたけど、
従兄弟全員がお祝いに来てくれた。
父親のお陰やと思ってるし、
自分にも甥や姪が出来ると、何となく父親の心情が分かるような気がしますな。
けびんさんへ
こんにちは。
このまえのお花見のときの姪っ子さんですかね?
やっぱり女の子って男の人から見たら特別なんですかね。源氏物語の光源氏にも信憑性が増しますね。(笑)
お父様も素晴らしい人だったのでしょうね。けびんさのブログではあまり良い人のようには書かれてませんでしたが。けびんさんを育ててくれた人なわけだから、悪い人なわけありませんね。(笑)
まぁ、男同士ってのもあるのでしょうしね。それは女同士にも形は違えどありますからね。(笑)
わたくしも、父に対しては腹の立つことも多いけど許せることばかりなのに、母に対しては大好きなのに女として鼻につくことが見えてしまって、嫌になることがあったりします。同性同士ってなかなか複雑ですよね。
このまえのお花見のときの姪っ子さんですかね?
やっぱり女の子って男の人から見たら特別なんですかね。源氏物語の光源氏にも信憑性が増しますね。(笑)
お父様も素晴らしい人だったのでしょうね。けびんさのブログではあまり良い人のようには書かれてませんでしたが。けびんさんを育ててくれた人なわけだから、悪い人なわけありませんね。(笑)
まぁ、男同士ってのもあるのでしょうしね。それは女同士にも形は違えどありますからね。(笑)
わたくしも、父に対しては腹の立つことも多いけど許せることばかりなのに、母に対しては大好きなのに女として鼻につくことが見えてしまって、嫌になることがあったりします。同性同士ってなかなか複雑ですよね。
おはようございます
おはようございます。
青春大河物語ですね。
当時の状況、心情がよくわかります。
小さな頃から叔父さんはしのぶさんと一緒だったのですね。
ほんとに我が子だったのでしょうね。
わたしには女の兄妹も子もいませんが、男親が特に女の子をかわいがるだろうというのはよくわかりますね。
ただそれを超えしのぶさんと叔父さんは感覚的にもすごく合ったのでしょうね。
しのぶさんのご両親、特にお母さんももちろんしのぶさんのことはご自分なりに一杯考えてあったでしょうが、それがうまくかみ合わず、お母さんもきっと寂しかったでしょうけれど、まあ、思春期に完全にかみ合う親子も、ちと気味が悪いですね。
しのぶさんの心情はほんとによくわかります。
ワルをきどってもふと見せるオトメのたおやかさ。
これはもちろんこれでいいのですが、これを本格小説にすればまたとてもいい青春ものになるような気がします。
青春大河物語ですね。
当時の状況、心情がよくわかります。
小さな頃から叔父さんはしのぶさんと一緒だったのですね。
ほんとに我が子だったのでしょうね。
わたしには女の兄妹も子もいませんが、男親が特に女の子をかわいがるだろうというのはよくわかりますね。
ただそれを超えしのぶさんと叔父さんは感覚的にもすごく合ったのでしょうね。
しのぶさんのご両親、特にお母さんももちろんしのぶさんのことはご自分なりに一杯考えてあったでしょうが、それがうまくかみ合わず、お母さんもきっと寂しかったでしょうけれど、まあ、思春期に完全にかみ合う親子も、ちと気味が悪いですね。
しのぶさんの心情はほんとによくわかります。
ワルをきどってもふと見せるオトメのたおやかさ。
これはもちろんこれでいいのですが、これを本格小説にすればまたとてもいい青春ものになるような気がします。
KOZOUさんへ
こんにちは。
やはりKOZOUさんは大人ですね。
おっしゃるとおりで、叔父とはなにかもう特別なものがありました。前世というものがあるのら、間違いなく恋人同士だったに違いないでしょう。(笑)
母とのことに関してもそのとおりで、あの頃はものすごい反発してましたが、いまは逆にとても仲良くしています。
なかなかどうして、自分のことになると話をまとめることができなかったりするので、こんな回想録的な書き方しかできなくなってしまうんですよねぇ。
書くって難しいですよね。だからこそのめり込めるんでしょうけどね。(笑)
やはりKOZOUさんは大人ですね。
おっしゃるとおりで、叔父とはなにかもう特別なものがありました。前世というものがあるのら、間違いなく恋人同士だったに違いないでしょう。(笑)
母とのことに関してもそのとおりで、あの頃はものすごい反発してましたが、いまは逆にとても仲良くしています。
なかなかどうして、自分のことになると話をまとめることができなかったりするので、こんな回想録的な書き方しかできなくなってしまうんですよねぇ。
書くって難しいですよね。だからこそのめり込めるんでしょうけどね。(笑)
KOZOUさんへ
あんなプレイはほかじゃまったく見ることができません。
まぁ、やろうとも思わないんでしょうけれど。(笑)
やっていること自体はそんなに難しくないんですよ。でもわざわざあの形態でギターを弾く理由がありませんからね。あれは音楽じゃなく大道芸です。(笑)
ただ、仲の良い兄弟だったからこその発想でしょうし、あの二人がやるから大道芸が音楽として成立するのでしょう。
まぁ、やろうとも思わないんでしょうけれど。(笑)
やっていること自体はそんなに難しくないんですよ。でもわざわざあの形態でギターを弾く理由がありませんからね。あれは音楽じゃなく大道芸です。(笑)
ただ、仲の良い兄弟だったからこその発想でしょうし、あの二人がやるから大道芸が音楽として成立するのでしょう。
おはようございます
またしっこく(^_^;)
しのぶさんもよくご承知のように、どんな小説でも説明のないものはないですよね。
説明も当然必要だと思います。描写とのかねあいでしょうけれど。
このシリーズはまず当時の状況を語られているのでしょうからこれでいいと思います。
最後その時間にヘリコプターが墜落していたというのは、いいと言ったらいけませんがいいですねー。人生を変えた男ですからね。
しのぶさんもよくご承知のように、どんな小説でも説明のないものはないですよね。
説明も当然必要だと思います。描写とのかねあいでしょうけれど。
このシリーズはまず当時の状況を語られているのでしょうからこれでいいと思います。
最後その時間にヘリコプターが墜落していたというのは、いいと言ったらいけませんがいいですねー。人生を変えた男ですからね。
KOZOUさんへ
こんにちは。
わざわざ何度もありがとうございます。
いやぁ、正直言って流れをまとめてから書いているわけじゃなく、思ったままに書いているだけなので、小説ではなく作文になっているんですよね。
自分でもわかっているんですが、なんともうまくいきません。
最後のあれは……実は、書いているうちに叔父の話になっちゃってどうしようかみたいな……そんなんでかなり強引に話を戻したって感じです。(趣旨が変わってしまって。爆)
まぁ、実際にあの日だったかは覚えてませんが、あの年のあの夏の終わりにあんなことがあったのは事実なんですけどね。
ほんとにいろいろご指摘、感謝しております。これからもあれこれ言ってください。(*´ω` )ノ
わざわざ何度もありがとうございます。
いやぁ、正直言って流れをまとめてから書いているわけじゃなく、思ったままに書いているだけなので、小説ではなく作文になっているんですよね。
自分でもわかっているんですが、なんともうまくいきません。
最後のあれは……実は、書いているうちに叔父の話になっちゃってどうしようかみたいな……そんなんでかなり強引に話を戻したって感じです。(趣旨が変わってしまって。爆)
まぁ、実際にあの日だったかは覚えてませんが、あの年のあの夏の終わりにあんなことがあったのは事実なんですけどね。
ほんとにいろいろご指摘、感謝しております。これからもあれこれ言ってください。(*´ω` )ノ
こんにちは
粋な叔父さんの「しのぶはいい子だ。悪いことなんかなにもしていない。連れて帰りたいなら、もう二度とこの子を泣かせるな」という言葉、泣けました。
ずっと心に深く残っている言葉ってありますよね。
子供って実は色んな事を感じていますよね。特に思春期には。
しのぶさんが大人の微妙な態度で感じ取っていた気持ち、誰もが経験あるのでしょうね。
しのぶさんの描写で、自分も小さい頃に色んな事を感じていたな、という事を思い出しました。
この小説、本格小説にするべきだと思いました。
ずっと心に深く残っている言葉ってありますよね。
子供って実は色んな事を感じていますよね。特に思春期には。
しのぶさんが大人の微妙な態度で感じ取っていた気持ち、誰もが経験あるのでしょうね。
しのぶさんの描写で、自分も小さい頃に色んな事を感じていたな、という事を思い出しました。
この小説、本格小説にするべきだと思いました。
りい子さんへ
こんにちは。
いつのまにか叔父の話に変わってしまってますが。(爆)
自分にとっては学校のことも含めて激動の年でしたから、なにかもう話がまとまらなくなってしまってます。(笑)
わたくしの場合、変な方向に向かう人生のターニングポイントとなりましたが、誰でもこのくらいの年頃って人生の選択をする時期だと思うんですよね。
正直にわたくしがいま思うことを言えば、この時期に我慢できる人が、人生を良い方向に向けれるのだと思ってますが、わたくし個人はこれで良かったのだと思っています。後悔とかぜんぜんないですからね。
叔父には、本当に感謝してます。もはや言葉で表せないほどに叔父を愛してましたし、叔父もわたくしを愛してくれていました。
とはいえ、叔父があの言葉を言ったときのことは冷静に考えれば、母はきっと「自分の子でもないのにあなたになにがわかるのか」と思ったに違いありません。
もしいまわたくしに子どもがいて同じようなことを言われたら、まちがいなくそう思うでしょう。ましてや、叔父は女ではなく男ですからね。
母親の苦悩というのは、子どもを手放しでかわいがれないジレンマとの戦いなのかもしれません。
子を持つ女性を尊敬してしまいうわたくしです。(*´ω` )ノ
いつのまにか叔父の話に変わってしまってますが。(爆)
自分にとっては学校のことも含めて激動の年でしたから、なにかもう話がまとまらなくなってしまってます。(笑)
わたくしの場合、変な方向に向かう人生のターニングポイントとなりましたが、誰でもこのくらいの年頃って人生の選択をする時期だと思うんですよね。
正直にわたくしがいま思うことを言えば、この時期に我慢できる人が、人生を良い方向に向けれるのだと思ってますが、わたくし個人はこれで良かったのだと思っています。後悔とかぜんぜんないですからね。
叔父には、本当に感謝してます。もはや言葉で表せないほどに叔父を愛してましたし、叔父もわたくしを愛してくれていました。
とはいえ、叔父があの言葉を言ったときのことは冷静に考えれば、母はきっと「自分の子でもないのにあなたになにがわかるのか」と思ったに違いありません。
もしいまわたくしに子どもがいて同じようなことを言われたら、まちがいなくそう思うでしょう。ましてや、叔父は女ではなく男ですからね。
母親の苦悩というのは、子どもを手放しでかわいがれないジレンマとの戦いなのかもしれません。
子を持つ女性を尊敬してしまいうわたくしです。(*´ω` )ノ
無題
「しのぶはいい子だ。悪いことなんかなにもしていない。連れて帰りたいなら、もう二度とこの子を泣かせるな」
のところで、胸に迫るものがありますね。
程度の差こそあれ、私も親に似たような怒られ方をしたときのことを思い出します。
「私にも叔父さんみたいな人がいればな~」
って思っちゃいますね。
女の子のほうがかわいいですよ。
やっぱり。。。
まだまだ続くんですね~
叔父さんの人となりで、物語が書けそうですね。
素敵な長編小説ができそうに思えますが。
のところで、胸に迫るものがありますね。
程度の差こそあれ、私も親に似たような怒られ方をしたときのことを思い出します。
「私にも叔父さんみたいな人がいればな~」
って思っちゃいますね。
女の子のほうがかわいいですよ。
やっぱり。。。
まだまだ続くんですね~
叔父さんの人となりで、物語が書けそうですね。
素敵な長編小説ができそうに思えますが。
こちくんさんへ
こんばんは。
まぁなんだかんだと言って、やっぱり女のほうがいろいろ得かもしれませんね。特に今の世は。(笑)
小説にしちゃう勇気はなかったりするんですよねぇ。自分のこと書くのっていろんな難しくって。(笑)
まぁなんだかんだと言って、やっぱり女のほうがいろいろ得かもしれませんね。特に今の世は。(笑)
小説にしちゃう勇気はなかったりするんですよねぇ。自分のこと書くのっていろんな難しくって。(笑)
無題
本名バラさないでくださいよ!(爆)
私のショボイブログで言うのと、酒井しのぶさんの大人気カリスマブログで発表されるのとじゃ~目にする人の規模が違いますよ!
顔も出して本名も知られたらもう、ふざけたコメントはできませんね。
今日からは真面目にコメントさせて頂きます。
時は流れて今は酒井しのぶさんが甥っ子さんや姪っ子さんを甘やかして、煙たがれてるってオチでしょうか。
甘やかしすぎちゃダメだぞっ☆
最後の方ちょっとエッチな描写と兄弟ネタが書かれていたので兄貴のことを思い出してしまいました。
モチロン血はつながってませんが。
久しぶりに兄貴のおしりを可愛たがりたくなりましたよ。(あっ、こう見えてもタチなんで)
兄貴~!待ってろよ、アニキぃ~!!
ヴォーン兄弟を超える変態プレイをしてきます。
真面目すぎるコメントでしらけちゃいましたね・・・
私のショボイブログで言うのと、酒井しのぶさんの大人気カリスマブログで発表されるのとじゃ~目にする人の規模が違いますよ!
顔も出して本名も知られたらもう、ふざけたコメントはできませんね。
今日からは真面目にコメントさせて頂きます。
時は流れて今は酒井しのぶさんが甥っ子さんや姪っ子さんを甘やかして、煙たがれてるってオチでしょうか。
甘やかしすぎちゃダメだぞっ☆
最後の方ちょっとエッチな描写と兄弟ネタが書かれていたので兄貴のことを思い出してしまいました。
モチロン血はつながってませんが。
久しぶりに兄貴のおしりを可愛たがりたくなりましたよ。(あっ、こう見えてもタチなんで)
兄貴~!待ってろよ、アニキぃ~!!
ヴォーン兄弟を超える変態プレイをしてきます。
真面目すぎるコメントでしらけちゃいましたね・・・
Sportちょっぷさんへ
こんばんは。
あら、ごめんなさい。つい口がすべって本名ばらしちゃいました。次からは気を付けますね。(遅いって? 笑)
そのオチいいなぁ……終わりを書くまえにこのコメント読んでおくんだった。失敗した!(爆)
エッチな描写なんてしましたっけ? あ、したなぁ。(笑)
まぁ、わたくし的にあれはぜんぜんエッチじゃないですけど。(爆)
そうですか、タチですか。そちらのブログでの弄られっぷりを見る限りじゃネコっぽいのに……。(爆)
あら、ごめんなさい。つい口がすべって本名ばらしちゃいました。次からは気を付けますね。(遅いって? 笑)
そのオチいいなぁ……終わりを書くまえにこのコメント読んでおくんだった。失敗した!(爆)
エッチな描写なんてしましたっけ? あ、したなぁ。(笑)
まぁ、わたくし的にあれはぜんぜんエッチじゃないですけど。(爆)
そうですか、タチですか。そちらのブログでの弄られっぷりを見る限りじゃネコっぽいのに……。(爆)
無題
こんばんは。
その後ちょっとスティーヴィー・レイ・ヴォーンが気になって久々にCDを引っ張りだして聞いてみました。私の所有しているのはCouldn't Stand Weatherです。
久々に聞きましたが、あらためてギタープレイは凄いですね。昔はもっとブルースどっぷりという印象を持っていましたが、結構ハードにロックしてるじゃん、なんて感じました。
その後ちょっとスティーヴィー・レイ・ヴォーンが気になって久々にCDを引っ張りだして聞いてみました。私の所有しているのはCouldn't Stand Weatherです。
久々に聞きましたが、あらためてギタープレイは凄いですね。昔はもっとブルースどっぷりという印象を持っていましたが、結構ハードにロックしてるじゃん、なんて感じました。
課長さんへ
こんばんは。
そのアルバム、邦題はテキサス・ハリケーンっていうんですよねぇ。(センスなし! 笑)
たぶん、スティーヴィー・レイ・ヴォーンのなかで、いちばんあの時代のハードロック色が強いアルバムだと思います。
イングヴェイ・マルムスティーンなどの速弾きプレイヤーにも負けないテクニックと速さを持っていますからね。しかも使用している弦はフォーク弦と同じ太さですしね。(フォーク弦のなかでも太い方ですが、半音下げチューニングなので、それほどテンションは高くなかったりしますが)
本当に素晴らしいギタリストでした。
そのアルバム、邦題はテキサス・ハリケーンっていうんですよねぇ。(センスなし! 笑)
たぶん、スティーヴィー・レイ・ヴォーンのなかで、いちばんあの時代のハードロック色が強いアルバムだと思います。
イングヴェイ・マルムスティーンなどの速弾きプレイヤーにも負けないテクニックと速さを持っていますからね。しかも使用している弦はフォーク弦と同じ太さですしね。(フォーク弦のなかでも太い方ですが、半音下げチューニングなので、それほどテンションは高くなかったりしますが)
本当に素晴らしいギタリストでした。
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