妄想/連想/暴走――激走する脳内モルヒネの意想。 変態ハードボイルド小説作家の有相無相――
酒井しのぶの作品紹介
【ファッキン・シスターズ・クライスト】
酒好きで女好きで自堕落で格好つけの片桐有二は、二十五年まえに体験したレイプ事件のトラウマに悩まされる、ハードボイルドを気取った私立探偵。ある依頼がもとで、変態性癖が巻き起こす事件に首を突っ込むことになってしまう。高飛車で自分勝手なふしだら女の酒井しのぶと共に、事件の真相を探りだすのだが……推理あり、シリアスありの、本格ハードボイルド長編小説。

【あいつとの電話】
ツンデレコンビのしのぶと有二。小説のなかだけじゃなく、普段の会話も超ツンデレ&超下品でちょっぴりエッチ!
酒井しのぶの小説に登場する二人が織り成す、会話のみの超ショートショート作品集です。一話読みきりなので、お気軽に読んでいただければと思います。
【Shinobu to Yuji 短編集】
長編ファッキン・シスターズ・クライストの外伝的一話読みきり短編作品集。笑い、切ない過去、素直じゃない愛情、そしてお決まりのエッチな会話。しのぶと有二のツンデレコンビは、殺人事件がなくても面白い。

(注: すべての作品がR15指定です。作品の性格上、性描写、暴力描写、差別的発言などが各所に出てきます。不快に思う人は読まないでください)
酒好きで女好きで自堕落で格好つけの片桐有二は、二十五年まえに体験したレイプ事件のトラウマに悩まされる、ハードボイルドを気取った私立探偵。ある依頼がもとで、変態性癖が巻き起こす事件に首を突っ込むことになってしまう。高飛車で自分勝手なふしだら女の酒井しのぶと共に、事件の真相を探りだすのだが……推理あり、シリアスありの、本格ハードボイルド長編小説。
【あいつとの電話】
ツンデレコンビのしのぶと有二。小説のなかだけじゃなく、普段の会話も超ツンデレ&超下品でちょっぴりエッチ!
酒井しのぶの小説に登場する二人が織り成す、会話のみの超ショートショート作品集です。一話読みきりなので、お気軽に読んでいただければと思います。
【Shinobu to Yuji 短編集】
長編ファッキン・シスターズ・クライストの外伝的一話読みきり短編作品集。笑い、切ない過去、素直じゃない愛情、そしてお決まりのエッチな会話。しのぶと有二のツンデレコンビは、殺人事件がなくても面白い。
(注: すべての作品がR15指定です。作品の性格上、性描写、暴力描写、差別的発言などが各所に出てきます。不快に思う人は読まないでください)
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【ボチボチと書き始めています】
いろいろあり、忙しい毎日を過ごしています。
書きたい衝動は日に日に増してくるのですが、なかなか時間が作れず、昔のようにすべてを犠牲にして書く勇気もなく、いまは我慢の時期かなと思う今日この頃。
それでも、書かずにはいられないときもあるので、短いエピソード的なものをチマチマと書いたりしています。
皆様のところへ訪問する時間はまだなかなか作れませんが、毎日少しづつですが、勉強し精進しているところですので、いましばらくお待ちくださいませ。
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こんにちは、酒井しのぶでございます。
この記事では今回のオリンピックのフィギアスケートについてあれこれと触れます。
女子フィギアについても現在進行形で触れますが、差別的ととられる発言をするかもしれませんので、お嫌いな人は読まないでくださいね。
それと、決して差別する気はないということを付け加えておきます。
さて、キム・ヨナ。
すごいですね。
ですがわたくし、にわかフィギアファンですから、採点とか詳しくないので、浅田真央との5点の差がどこからくるものなのか、ぜんぜんわかっておりません。
これはきっと、男子フィギアでプルシェンコが意義を申し立てたのと同じことなんじゃないかと勝手に想像しているわけですが、違ったらごめんなさいね。
わたくしの認識では、基本技に加点要素を加えて高得点を狙うキム・ヨナと、トリプルアクセルなど難易度の高い技をこなして高得点を狙う浅田真央、というふうに考察しているわけです。
つまり、プルシェンコが文句を言った通り、4回転を飛んでも、飛ばないやつに勝てない採点法に対して、どう向きあうのかって差がこの5点なのじゃないかと思うわけです。
現在の採点法に合ったプログラムと技術を磨いてきたのがキム・ヨナってことなんでしょうかね。
わたくし、今回のプルシェンコが負けたのは、ヘタッピだったからにほかならないと思っているのですが、だからといって、ほんの数人しか飛べなかった4回転ジャンプの得点が低いというのも問題だと思うんですよね。
だって、難易度の高い技を使う理由がなくなるような採点法では、その競技の技術発展につながりませんからね。
たくさんの人が四回転を飛べるようになったら、点を下げても良いと思うのですが、いまの段階ではもっと高得点でも良いと思うくらいに難しい技な気がします。
ただし、これには賛否があるのもたしかです。
ほんの一握りの人しかできない技を高得点にしてしまうと、それができない多くの人が上位になれないという弱点もでますからね。
とはいえ、世界のトップを争うわけですから、そもそもほんの一握りの人たちでの勝負なわけですしね。
わたくしはやっぱり、ほかの誰も真似できない技を持っている人がトップになるのが道理なんじゃないかと思ったりもします。
もう一つ懸念することがあります。
ほら、スキーのジャンプでさぁ、日本がメダルとったらルールが変わったじゃないですか。
あんなことがフィギアでも起きるんじゃないのだろうか。
キム・ヨナが今回、バカみたいな高得点で金メダルとったら、ルールが変わったりするんじゃないかって、妄想中なわたくし。(笑)
アジア人差別だよ、まったくもう! みたいなね。(笑)
ていうか、いまの採点方法って、前々から賛否がけっこうあったようですね。よく知りませんが。
まぁ、安藤美姫が今回出遅れたし、金銀銅をアジア人で占めたりしなければ、変わることもないかな?(笑)
いずれにせよ、わたくしとしては、日本人ですから当然日本の選手を応援しているわけで、今回の女子フィギア、ショート終わって1位と2位が5点差って、けっこう興ざめなわけです。
これをひっくり返すって、キム・ヨナが失敗しなきゃ無理なわけですからね。
だからって「キム・ヨナ転べ!!」ってテレビに向かって叫びながら観戦する気にはなれませんしね。(笑)
そんなのスポーツマンシップに乗っとっていません。(あれ? わたくしスポーツ選手じゃないぞ!? 笑)
まぁ、なんとも言えない展開に、やれやれって気分になっております。
サッカーの日韓ワールドカップのときに、(誰のせいとは言いませんが)強豪国が次々と予選敗退して、とんでもなくつまらないワールドカップになっちゃったときと、同じ気分です。(爆)
ところで、素人は素人らしい観点で、この5点の差はなんだろうか考えてみたんですよ。
ほら、いつだったかキム・ヨナがすっ転んだのに、とんでもない点が出たことあったじゃない。(確証のない発言をしてしまったので、訂正させていただきました。ご指摘ありがとうございます)
あのときは八百長だのなんだのと騒がれましたが、今回もその懸念が払拭されないのは、やっぱり芸術を採点するという、いい加減さのせいなのでしょうね。
印象点みたいなのに、大きく影響されるスポーツなところは否めないと思うんですよね、フィギアって。
そこら辺をどうにかしなきゃ、公平なジャッジにはならないんだけど、ある意味、見た目重視な競技なんだろうし、無理なんですかねぇ。
今回のショートでは、男子の得点よりも上を行ったキム・ヨナ(女子は個々の得点の総合×0.8なので、現実には低くなりますが)なわけですが、もしも本当に八百長だったとしたら、これはちょっとやりすぎよねぇ。(笑)
ということは、やはりそれだけのインパクトがあったと考えるべきなのでしょうかね。実際にあの場で生演技を見たら、わたくしも同じインパクトを感じたのかもしれませんし、テレビで観ているレベルであれこれ文句を言うのも失礼な話なんですけどね。(笑)
まぁ、女子が男子の得点を上回ると言っても、男子と女子じゃ表現するものが根本的に違うのでしょうからね。そこらへんがまた、あやふやさを生むんでしょうか。
芸術点って観点では、男子と女子じゃ採点の仕方が違っても良いように思うんですけどね。性別が違えば、表現するものが違って当然ですからね。
あ、そんなこすると、男女差別とか言われるからダメなのか。(笑)
あれ……。
話が思うほうに進まないな。(笑)
では、気を取り直して、本題に入りましょうか。(本題が来るの遅!!)
わたくしは、印象点が重要というところに目をつけまして、音楽的なところでキム・ヨナと浅田真央の違いを考察してみました。
まぁ簡単ですよね。
007を選んだキム・ヨナが賢いってことですね。
それはなぜか。
だって、たくさんの選手がそれぞれに曲を選んで演技する競技のフィギアは、その曲と演技が合っているかどうかも採点されるんでしょう?
だったら、審査員が知っている曲のほうが有利だと思いませんか?
年間通して、どの大会でも同じ曲で演技をするフィギアですから、当然審査員も大会によって変わるわけです。
どの大会のどの審査員でも必ず知っていて、なおかつ悪い印象のない曲だと思うんですよね、007って。
どんなに音楽に精通している審査員でも、あんまりマニアックなのだと知らない審査員もいるんだろうし、だいいち、審査員には演技を審査する目が必要なのであって、世界中の曲を何でも知ってますなんてことは、審査員には必要のない要素でしょうからね。
誰でも知っていて、誰でも好きだって思える曲を選ぶのは重要なことなのじゃないでしょうか。
ていうか、あれよね。
審査員の知らない曲だった場合、その曲と演技が合っているかどうかって、どうやって採点するんだろう。(笑)
それこそ、審査員の思い込みで採点になるんでしょうかね。
うん、なんていい加減な採点方法。(笑)
曲と演技が合っているっていうのは、曲に対するイメージから生じるものですから、あくまでも主観でしょう?
これほど抽象的な採点は他の競技には存在しないんじゃないかと思いますね。
もはや、スポーツではなく、芸術と割り切ったほうが良いと思うのはわたくしだけですかね。
あ、そうなるとオリンピック競技にならないからダメか。(笑)
曲と合っているかを採点するなら、課題曲とか用意すればいいのにね。
4曲くらい用意して、選手がそのなかから選んで、それに合わせて振り付けするってして、なおかつ曲のイメージを予め審議しておけば、審査の基準が明確になりますよね。
今シーズンのショートプログラムの課題曲はこの4曲です! って感じで、毎年発表すればいいのに。(笑)
おっと、勝手なルール妄想に突入してしまった。(笑)
ちなみに、全国吹奏楽コンクールでは課題曲と自由曲の2曲で競われるんです。(出場する部により、自由曲のみもあります)
課題曲は4曲。毎年コンクール用に作曲され、プロ楽団のデモ演奏と楽譜が各参加団体に配布されるんですね。
課題曲では技術を、自由曲ではその団体の個性を、というのが、基本的な審査基準になります。
多くの団体が同じ曲で競うので、比較し易いですし、審査の基準になる技術要素を曲に盛り込めるので、公正な審査になります。
ですが、この音楽との相性みたいなところに力を入れたり、そもそも音楽のイメージに左右される競技になってしまうというのは、フィギアの未来にとってはあまり良いこととは思えませんね。
音楽には、目に映るものに大きな感情移入を促すだけの力がありますからね。
その力を利用しだしたら、それはもう〝芸能〟だの〝演芸〟だのであり、競技ではありませんね。
それを審査基準にしているフィギアは、今後スポーツとして存続していく限り、あやふやな審査という側面を消すことはできないでしょうね。
だってあれでしょ?
芸能だの演芸だのを競技にしたら、市川海老蔵と中村獅童が金メダルを争うような世界になってしまうわけですからね。
そんなバカげたことをやって、どんな意味があるのか、どんな利点があるのか、まったくぜんぜんありんこの鼻くそほども理解できませんね。
いずれにせよ、スポーツの採点に音楽の重要性を取り込むのであれば、もっと研究の余地はあるんじゃなかろうかと、思わずにはいられません。
いっそのこと、アカデミー賞みたいにして、スポーツとは別にしちゃったほうが、より魅力的になるんだと思うのはわたくしだけですかね。
〝採点〟なんかしないで〝評価〟でいいじゃんって。(笑)
まぁ、あれよね。
フィギアもプロは芸術性やエンターテイメント性を追求する世界なわけですから、言ってしまえば、プロレスをオリンピック競技にしようってのと同じですよね。
プロレスがオリンピック競技になったら、入場パフォーマンス、マイクパフォーマンスはもちろん、技のくらいかたとか、反則をどう上手く使ったかとか、リング外での暴れっぷりとか、血の噴きだしかたとか、ブーツのつま先がとんがってクルンってなっているかとか(古い!)、そういったパフォーマンス面も採点されるんでしょうね。(爆)
そこが採点されなきゃ、総合格闘技になっちゃいますからね。
つまり、〝どう魅せるか〟を競うって、本来のスポーツの概念とは少し違う気がするわけで、審査する側にとっても、フィギア連盟(協会?)にとっても、そこらへんをどうしていくのかは難しい課題なのでしょうね。
ショーとしての側面を審査しなきゃならないわけですものね。
しかもフィギアの場合は、最初からショーだったわけじゃなく、歴史の積み重ねのなかでショーの要素が採点に盛り込まれてきたわけですから、ショー要素を取り除くと言うことは過去に戻る結果につながるわけで、ほんとうに難しいと思います。
とはいえ、やはり競技として採点するわけですから、もっと的確で、主観やイメージに頼らない採点方法を考えてほしいなと思ったりします。
芸術点より技術点の割合を上げりゃいいんじゃないかと素人は勝手に想像しますが、そういう単純なことでもないんでしょうね。
もういっそのこと、みんなで同じ曲と同じプログラムをやれば間違いない気もしますね。
実際に他の競技はすべて、誰もが同じ環境条件で争えるようにしている(あるいはしようとしている)わけですからね。
ところで、安藤美姫の点が低いのも、印象が大きく関係しているのでしょうか?
いや、これはわたくし、彼女の演技を観ていないので、なんともわかりませんがね。
なんか、そんなイメージがね。(笑)
なぜ安藤美姫を観ていないかと言いますと、我が家のテレビは3時間で勝手に電源が切れるんですよ。〝バチン!!〟って。
省エネ節電モードになっているかららしいんですが、解除の仕方がわからないので、いつも「まもなく電源がオフになります」って画面に出たら、電源を入れ直しているんです。(バカだ。笑)
で、パソコンで小説を書きながらフィギアを観ていたんですが、ついつい書くのに夢中になってしまい、テレビが消えたのに気がつかなかったんです。
あれ? 消えてるって思って、電源を入れ直したら、安藤美姫が最後の〝ジャン!〟ってとこで決めポーズしていたんですね。(悲しい! 笑)
とにかく、日本の選手3人には、フリーで悔いのない演技をしてもらいたいと思っています。
わたくし的には、フィギアの採点結果には、かねと権力と名声以外になんの意味もないという、悟りの境地に達しましたので、メダルとか順位とかはもうどうでもいいです。(笑)
わたくしは、感動できる一流の演技が観たいだけです。(演技ってところが問題なんだよ! 競技じゃないってところが。笑)
頑張れニッポン!!
本日の「しのぶが思うハードボイルド」
キム・ヨナがアメリカ人だったらエルロイ様が小説を書いたことでしょう。(わかる人にはわかるジョークです。笑)
以上でございます。
それではまた、酒井しのぶでございました。
この記事では今回のオリンピックのフィギアスケートについてあれこれと触れます。
女子フィギアについても現在進行形で触れますが、差別的ととられる発言をするかもしれませんので、お嫌いな人は読まないでくださいね。
それと、決して差別する気はないということを付け加えておきます。
さて、キム・ヨナ。
すごいですね。
ですがわたくし、にわかフィギアファンですから、採点とか詳しくないので、浅田真央との5点の差がどこからくるものなのか、ぜんぜんわかっておりません。
これはきっと、男子フィギアでプルシェンコが意義を申し立てたのと同じことなんじゃないかと勝手に想像しているわけですが、違ったらごめんなさいね。
わたくしの認識では、基本技に加点要素を加えて高得点を狙うキム・ヨナと、トリプルアクセルなど難易度の高い技をこなして高得点を狙う浅田真央、というふうに考察しているわけです。
つまり、プルシェンコが文句を言った通り、4回転を飛んでも、飛ばないやつに勝てない採点法に対して、どう向きあうのかって差がこの5点なのじゃないかと思うわけです。
現在の採点法に合ったプログラムと技術を磨いてきたのがキム・ヨナってことなんでしょうかね。
わたくし、今回のプルシェンコが負けたのは、ヘタッピだったからにほかならないと思っているのですが、だからといって、ほんの数人しか飛べなかった4回転ジャンプの得点が低いというのも問題だと思うんですよね。
だって、難易度の高い技を使う理由がなくなるような採点法では、その競技の技術発展につながりませんからね。
たくさんの人が四回転を飛べるようになったら、点を下げても良いと思うのですが、いまの段階ではもっと高得点でも良いと思うくらいに難しい技な気がします。
ただし、これには賛否があるのもたしかです。
ほんの一握りの人しかできない技を高得点にしてしまうと、それができない多くの人が上位になれないという弱点もでますからね。
とはいえ、世界のトップを争うわけですから、そもそもほんの一握りの人たちでの勝負なわけですしね。
わたくしはやっぱり、ほかの誰も真似できない技を持っている人がトップになるのが道理なんじゃないかと思ったりもします。
もう一つ懸念することがあります。
ほら、スキーのジャンプでさぁ、日本がメダルとったらルールが変わったじゃないですか。
あんなことがフィギアでも起きるんじゃないのだろうか。
キム・ヨナが今回、バカみたいな高得点で金メダルとったら、ルールが変わったりするんじゃないかって、妄想中なわたくし。(笑)
アジア人差別だよ、まったくもう! みたいなね。(笑)
ていうか、いまの採点方法って、前々から賛否がけっこうあったようですね。よく知りませんが。
まぁ、安藤美姫が今回出遅れたし、金銀銅をアジア人で占めたりしなければ、変わることもないかな?(笑)
いずれにせよ、わたくしとしては、日本人ですから当然日本の選手を応援しているわけで、今回の女子フィギア、ショート終わって1位と2位が5点差って、けっこう興ざめなわけです。
これをひっくり返すって、キム・ヨナが失敗しなきゃ無理なわけですからね。
だからって「キム・ヨナ転べ!!」ってテレビに向かって叫びながら観戦する気にはなれませんしね。(笑)
そんなのスポーツマンシップに乗っとっていません。(あれ? わたくしスポーツ選手じゃないぞ!? 笑)
まぁ、なんとも言えない展開に、やれやれって気分になっております。
サッカーの日韓ワールドカップのときに、(誰のせいとは言いませんが)強豪国が次々と予選敗退して、とんでもなくつまらないワールドカップになっちゃったときと、同じ気分です。(爆)
ところで、素人は素人らしい観点で、この5点の差はなんだろうか考えてみたんですよ。
ほら、いつだったかキム・ヨナ
あのときは八百長だのなんだのと騒がれましたが、今回もその懸念が払拭されないのは、やっぱり芸術を採点するという、いい加減さのせいなのでしょうね。
印象点みたいなのに、大きく影響されるスポーツなところは否めないと思うんですよね、フィギアって。
そこら辺をどうにかしなきゃ、公平なジャッジにはならないんだけど、ある意味、見た目重視な競技なんだろうし、無理なんですかねぇ。
今回のショートでは、男子の得点よりも上を行ったキム・ヨナ(女子は個々の得点の総合×0.8なので、現実には低くなりますが)なわけですが、もしも本当に八百長だったとしたら、これはちょっとやりすぎよねぇ。(笑)
ということは、やはりそれだけのインパクトがあったと考えるべきなのでしょうかね。実際にあの場で生演技を見たら、わたくしも同じインパクトを感じたのかもしれませんし、テレビで観ているレベルであれこれ文句を言うのも失礼な話なんですけどね。(笑)
まぁ、女子が男子の得点を上回ると言っても、男子と女子じゃ表現するものが根本的に違うのでしょうからね。そこらへんがまた、あやふやさを生むんでしょうか。
芸術点って観点では、男子と女子じゃ採点の仕方が違っても良いように思うんですけどね。性別が違えば、表現するものが違って当然ですからね。
あ、そんなこすると、男女差別とか言われるからダメなのか。(笑)
あれ……。
話が思うほうに進まないな。(笑)
では、気を取り直して、本題に入りましょうか。(本題が来るの遅!!)
わたくしは、印象点が重要というところに目をつけまして、音楽的なところでキム・ヨナと浅田真央の違いを考察してみました。
まぁ簡単ですよね。
007を選んだキム・ヨナが賢いってことですね。
それはなぜか。
だって、たくさんの選手がそれぞれに曲を選んで演技する競技のフィギアは、その曲と演技が合っているかどうかも採点されるんでしょう?
だったら、審査員が知っている曲のほうが有利だと思いませんか?
年間通して、どの大会でも同じ曲で演技をするフィギアですから、当然審査員も大会によって変わるわけです。
どの大会のどの審査員でも必ず知っていて、なおかつ悪い印象のない曲だと思うんですよね、007って。
どんなに音楽に精通している審査員でも、あんまりマニアックなのだと知らない審査員もいるんだろうし、だいいち、審査員には演技を審査する目が必要なのであって、世界中の曲を何でも知ってますなんてことは、審査員には必要のない要素でしょうからね。
誰でも知っていて、誰でも好きだって思える曲を選ぶのは重要なことなのじゃないでしょうか。
ていうか、あれよね。
審査員の知らない曲だった場合、その曲と演技が合っているかどうかって、どうやって採点するんだろう。(笑)
それこそ、審査員の思い込みで採点になるんでしょうかね。
うん、なんていい加減な採点方法。(笑)
曲と演技が合っているっていうのは、曲に対するイメージから生じるものですから、あくまでも主観でしょう?
これほど抽象的な採点は他の競技には存在しないんじゃないかと思いますね。
もはや、スポーツではなく、芸術と割り切ったほうが良いと思うのはわたくしだけですかね。
あ、そうなるとオリンピック競技にならないからダメか。(笑)
曲と合っているかを採点するなら、課題曲とか用意すればいいのにね。
4曲くらい用意して、選手がそのなかから選んで、それに合わせて振り付けするってして、なおかつ曲のイメージを予め審議しておけば、審査の基準が明確になりますよね。
今シーズンのショートプログラムの課題曲はこの4曲です! って感じで、毎年発表すればいいのに。(笑)
おっと、勝手なルール妄想に突入してしまった。(笑)
ちなみに、全国吹奏楽コンクールでは課題曲と自由曲の2曲で競われるんです。(出場する部により、自由曲のみもあります)
課題曲は4曲。毎年コンクール用に作曲され、プロ楽団のデモ演奏と楽譜が各参加団体に配布されるんですね。
課題曲では技術を、自由曲ではその団体の個性を、というのが、基本的な審査基準になります。
多くの団体が同じ曲で競うので、比較し易いですし、審査の基準になる技術要素を曲に盛り込めるので、公正な審査になります。
ですが、この音楽との相性みたいなところに力を入れたり、そもそも音楽のイメージに左右される競技になってしまうというのは、フィギアの未来にとってはあまり良いこととは思えませんね。
音楽には、目に映るものに大きな感情移入を促すだけの力がありますからね。
その力を利用しだしたら、それはもう〝芸能〟だの〝演芸〟だのであり、競技ではありませんね。
それを審査基準にしているフィギアは、今後スポーツとして存続していく限り、あやふやな審査という側面を消すことはできないでしょうね。
だってあれでしょ?
芸能だの演芸だのを競技にしたら、市川海老蔵と中村獅童が金メダルを争うような世界になってしまうわけですからね。
そんなバカげたことをやって、どんな意味があるのか、どんな利点があるのか、まったくぜんぜんありんこの鼻くそほども理解できませんね。
いずれにせよ、スポーツの採点に音楽の重要性を取り込むのであれば、もっと研究の余地はあるんじゃなかろうかと、思わずにはいられません。
いっそのこと、アカデミー賞みたいにして、スポーツとは別にしちゃったほうが、より魅力的になるんだと思うのはわたくしだけですかね。
〝採点〟なんかしないで〝評価〟でいいじゃんって。(笑)
まぁ、あれよね。
フィギアもプロは芸術性やエンターテイメント性を追求する世界なわけですから、言ってしまえば、プロレスをオリンピック競技にしようってのと同じですよね。
プロレスがオリンピック競技になったら、入場パフォーマンス、マイクパフォーマンスはもちろん、技のくらいかたとか、反則をどう上手く使ったかとか、リング外での暴れっぷりとか、血の噴きだしかたとか、ブーツのつま先がとんがってクルンってなっているかとか(古い!)、そういったパフォーマンス面も採点されるんでしょうね。(爆)
そこが採点されなきゃ、総合格闘技になっちゃいますからね。
つまり、〝どう魅せるか〟を競うって、本来のスポーツの概念とは少し違う気がするわけで、審査する側にとっても、フィギア連盟(協会?)にとっても、そこらへんをどうしていくのかは難しい課題なのでしょうね。
ショーとしての側面を審査しなきゃならないわけですものね。
しかもフィギアの場合は、最初からショーだったわけじゃなく、歴史の積み重ねのなかでショーの要素が採点に盛り込まれてきたわけですから、ショー要素を取り除くと言うことは過去に戻る結果につながるわけで、ほんとうに難しいと思います。
とはいえ、やはり競技として採点するわけですから、もっと的確で、主観やイメージに頼らない採点方法を考えてほしいなと思ったりします。
芸術点より技術点の割合を上げりゃいいんじゃないかと素人は勝手に想像しますが、そういう単純なことでもないんでしょうね。
もういっそのこと、みんなで同じ曲と同じプログラムをやれば間違いない気もしますね。
実際に他の競技はすべて、誰もが同じ環境条件で争えるようにしている(あるいはしようとしている)わけですからね。
ところで、安藤美姫の点が低いのも、印象が大きく関係しているのでしょうか?
いや、これはわたくし、彼女の演技を観ていないので、なんともわかりませんがね。
なんか、そんなイメージがね。(笑)
なぜ安藤美姫を観ていないかと言いますと、我が家のテレビは3時間で勝手に電源が切れるんですよ。〝バチン!!〟って。
省エネ節電モードになっているかららしいんですが、解除の仕方がわからないので、いつも「まもなく電源がオフになります」って画面に出たら、電源を入れ直しているんです。(バカだ。笑)
で、パソコンで小説を書きながらフィギアを観ていたんですが、ついつい書くのに夢中になってしまい、テレビが消えたのに気がつかなかったんです。
あれ? 消えてるって思って、電源を入れ直したら、安藤美姫が最後の〝ジャン!〟ってとこで決めポーズしていたんですね。(悲しい! 笑)
とにかく、日本の選手3人には、フリーで悔いのない演技をしてもらいたいと思っています。
わたくし的には、フィギアの採点結果には、かねと権力と名声以外になんの意味もないという、悟りの境地に達しましたので、メダルとか順位とかはもうどうでもいいです。(笑)
わたくしは、感動できる一流の演技が観たいだけです。(演技ってところが問題なんだよ! 競技じゃないってところが。笑)
頑張れニッポン!!
本日の「しのぶが思うハードボイルド」
キム・ヨナがアメリカ人だったらエルロイ様が小説を書いたことでしょう。(わかる人にはわかるジョークです。笑)
以上でございます。
それではまた、酒井しのぶでございました。
追記:
この記事は、採点をする必要がないということを書いているわけではありません。
フィギアスケートはスポーツなのか? 演芸の要素が強いんじゃないか? という疑問を書いてみたにすぎません。
わたくしの文章が拙いばかりに、皆さまに誤解を与えてしまい申し訳ありませんでした。
また、たくさんのご指摘ありがとうございました。
なお、わたくしに勇気と希望と感動を与えてくれるフィギアスケートのすべての選手に感謝しております。
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